神経科学研究所

背景および目的

脳の機能の解明は、現代科学にとって最も謎に満ちたきわめてチャレンジングな研究領域であり、また、アルツハイマー病など現代人にとってたいへん深刻な病気の予防・治療法を見つけ出すためにも重要な課題でもあります。香川薬学部では、神経科学研究所を設置して、神経科学領域の研究に携わる教員を多数結集し、その特長を生かして共同で教育・研究に取り組んでいます。神経科学研究所では、散発的で小規模な個人研究では達成が難しい大きいテーマに取り組むこと、および、脳機能の解明に必要な多角的な研究方法の集約による重要な研究の推進が可能となっています。

具体的には以下のような目的を遂行しようとしています。脳および神経系の研究に意欲や関心を持つ香川薬学部の教員を、神経科学研究所の兼担とすることによって、神経科学の研究や教育活動を推進します。

  1. 脳や神経系についての境界領域にまたがる学際的な研究を育成することによって、神経科学研究の高度化を図り、その成果を学会、メディア、社会へ公表する。
  2. 前項で構築した体制を基盤として、神経科学研究所を本学の若手教員の鍛錬の場として活用することによって次世代の教育研究のリーダーを育成し、あわせて神経科学志望の大学院生や学部学生を受け入れて、人材養成に貢献する。
  3. 「脳を知る」、「脳を守る」ことは21世紀の重点課題であるので、神経科学に関連した話題で高校生、一般市民、薬剤師を対象とする公開セミナー、シンポジウム、体験学習などを主催し、社会へ向けた活動を通して、理系、中でもライフサイエンス志望の若者の育成に貢献する。
  4. 神経科学研究を核として講座の枠を超えた連携によって共同チーム研究を立案して、これを実施する。このために小さな単位では望めない大型の競争的資金を外部から導入することを図る。また地域および国内の民間企業との共同研究の可能性を探る。
部門の構成員と特色

神経科学研究所は、以下の4部門とそのメンバーで構成され、要約するような研究を行っています(カッコ内は兼任する講座名)。

神経生理学部門

岸本泰司(生命物理化学講座)、小林 卓(薬学教育講座)、窪田剛志(医療薬学講座)

この部門では、動物の行動を支配している脳の仕組みを研究しています。 マウスやラットなどの実験動物をもちいて、行動の基盤となっている脳内の神経機構を解明しようとしています。 有名な「パブロフの犬」の実験では、ベルを鳴らしてからイヌにエサを与えることを繰り返すと、ベルが鳴っただけでイヌは唾液を出すようになる。 このように二つの刺激(ベルとエサ)を連合して学習させると、片方の刺激(ベルの音を聞かせる)だけで反射(唾液の分泌)が起こるようになります。 これを条件刺激反応あるいは連合学習と呼んでいます。 この部門では、このような連合学習はじめ、さまざまな記憶・学習に関与している脳内機構の解明をめざして、 行動神経科学的な手法を中心として研究しています(写真1参照)。


写真1.マウスの様々な行動解析。
(左)側面からのマウス行動認識システム(中)上方からのマウス行動認識システム(右)運動協調を調べるロータロッドおよびトレッドミル試験。

組織病理学部門

宋 時栄(病態生理学講座)、中島健太郎(病態生理学講座)

この部門では、正常動物および特定の疾患モデル動物(遺伝子改変したマウスなど)の脳や神経系の組織から薄い切片を切り出して、 さまざまな種類の色素で染めた後に顕微鏡で観察し、病気にともなう組織や細胞の変化を調べます。 また、特定のタンパク質に対する抗体をもちいて免疫組織化学的染色を行い、ある特定分子の局在や存在量が病気の組織ではどのように変化するかを観察することによって、 病気が起こる仕組みを明らかにしようとしています(写真2参照)。 今後の課題は、こうして見つけた組織や細胞の変化と、本学で独自に開発されたタンパク質の超微量定量法を結びつけて神経系の病気の原因、治療法を探ることです。


写真2.小脳の切片でアストログリア細胞を免疫染色した図。
赤が免疫反応を示す。青は外顆粒細胞層(EC)、分子層(M)、内顆粒細胞層(IC)の神経細胞の核を示す。 *はプルキンエ細胞の位置を示す。

神経生物学部門

定本久世(薬学教育講座)

この部門は、おもに遺伝子工学の技術を駆使して、脳や神経系の働きを分子のレベルから明らかにすることをめざしています。 とくに、脳内で重要な働きをしている分子は、その存在量がきわめて微量であるため高感度の測定法を開発することが必要になります。 そのような測定法の考案や、それを使っての定量や遺伝子のヌクレオチド配列の分析などをおこなっています(写真3参照)。 また、神経細胞(ニューロン)の働きを支えている神経伝達物質やその受容体などの分子や、 受容体をシナプスの部分につなぎ止めておく分子(足場タンパク質)などを蛍光標識して共焦点レーザー顕微鏡で観察して、 シナプスがはたらく仕組みも研究しています(写真4参照)。


写真3.DNA塩基配列解析データ(上段)と、得られたDNA配列からのアミノ酸予測(下段)。


写真4.大脳皮質の神経細胞をプラスチック皿で培養して細胞体、樹状突起、スパイン(興奮性シナプス)を染めたもの。

神経薬理学部門

鴻海俊太郎(薬理学講座)、得丸博史(薬学教育講座)、冨永貴志(神経科学研究所専任)

この部門は、脳や神経系に作用する薬が、どんな仕組みで作用をおこすことができるか(作用機序)を明らかにしようとしています。 このため、ネズミの脳から薄い切片をきりだして、酸素を十分に飽和した人工脳脊髄液(生理的食塩水)を満たした試験管の中で脳の神経細胞を生かして、 その興奮や抑制などの活動(神経伝達物質の受容体やイオンチャネルのはたらき)を電気信号や光信号として記録し解析します(写真5参照)。 また、神経細胞のつなぎ目であるシナプスで情報が受け渡される仕組みも知ろうとしています。 このため、シナプスの前側から神経伝達物質が放出される分子機構(伝達物質を放出させるために必要な分子は何か)も研究しています。


写真5.海馬の神経回路網(左端)を神経活動が伝わる様子を光イメージングで記録した(右端は一個の神経細胞の活動電位)。