研究内容
神経細胞への分化誘導機構の解明
(小林隆信)
 マウス胚性腫瘍細胞P19は、異なる条件での培養により異なる組織特異的細胞への分化が誘導されるという多分化能をもった細胞株である。分化の一条件として、凝集状態での培養と一定濃度のレチノイン酸添加によって、神経細胞集団が生じることが知られる。
 我々はこの系を用いて、未分化細胞から組織特異的細胞への分化にかかわる分子機構を明らかにしようとしている。近年の研究により、分化には増殖因子や分化誘導因子による刺激、3次元的な細胞間相互作用などが特に重要な役割を果たしていることが明らかになってきている。しかし、分化は様々な要因が総合的にかかわり合っている複雑な過程であるため、どんなシグナル分子がいつどのように関与して細胞分化が誘導されるかを全体的に捉えることはできていない。未分化細胞が組織特異的細胞へと分化する機構を明らかにすることは、基礎研究として興味深いばかりではなく、最近の医療現場で注目されている再生医療技術をより進歩させるためにも重要である。
 我々はまず、レチノイン酸添加によってP19細胞が神経細胞へと分化する条件について検討した。レチノイン酸処理時間と分化誘導率を調べ、最も効率よく神経細胞へと分化させる条件を確立した。次に、DNAマイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析を行い、レチノイン酸添加によって転写量が変動する遺伝子群を明らかにした。これらの遺伝子のうち、神経分化との関連やレチノイン酸による発現変動機構が明らかにされていない遺伝子に注目し、詳しい解析を行っている。例えば、特徴的なドメインをもつタンパク質をコードする遺伝子の一つが、上記条件を満たすことが明らかになった。このタンパク質と同ファミリーに属するタンパク質のいくつかについては、細胞周期やDNA修復等を始めとする様々な生物現象に関与していることが既に報告されている。しかし、我々が注目したタンパク質については、まだそのような報告がなされていない。そのため、①レチノイン酸添加と発現量変動の関連性、②他因子との相互作用、③該当遺伝子の発現変動がP19細胞の神経分化誘導に果たす役割等について、現在解析を進めている。また、解析ターゲットとして選別した他の複数の遺伝子についても同時に解析を行っており、これらの結果を統合することによって、未分化細胞からの神経分化誘導にかかわる分子機構の詳細な解明に結び付けたいと考えている。
 該当遺伝子の一つとして、カゼインκ(Csn3)遺伝子に注目した。P19細胞にレチノイン酸を投与し神経細胞分化誘導をさせた時、分化の初期段階でカゼインκ(Csn3)遺伝子の発現が上昇することを見いだした。レチノイン酸受容体であるRARαがCsn3遺伝子上流のRAREに結合することで発現上昇することを明らかにした。カゼインκは、乳中に存在するタンパク質であるが、タンパク質の凝集を防ぐ機能もあり、神経分化へ運命が決定される時にこの機能の関与が示唆される。
DNAとの結合を標的とした新規NF-κB低分子阻害剤の同定
(喜納克仁・小林隆信)
NF-κBは、様々なシグナル応答の調節に中心的な役割を果たす転写因子の一つである。NF-κBによる転写調節のみだれは、様々な病気と関わりがあると考えられており、NF-κBの特異的阻害剤は、シグナルの収束段階を制御できることから、それらの病気の有望な治療薬となることが期待される。これまで、我々はDNAとNF-κBの結合を阻害する低分子化合物の同定を目的として、in silicoでのdocking studyにより低分子化合物候補を選定し、それらの化合物によるDNAとNF-κBとの結合阻害能の解析をおこなってきた。コンピュータを用いたstructure-based virtual screening (SBVS)法を利用して、我々が所有するvirtual chemical libraryから、DNAとNF-κBとの結合を阻害する低分子化合物候補を選定した。次に、選んだ化合物の阻害能を、MF20 molecular interaction analytical system (Olympus)によるFluorescence Correlation Spectroscopy (FCS)を用いて評価した。さらに、類似化合物と比較検討したところ、有意な差が認められた。このうち効果が認められたものに関して、Electrophoresis Mobility Shift Assay (EMSA)法により、阻害能の検討を行った。現在、これらの化合物に関して、細胞における阻害能等の検討を重ねている。今後は、これらの低分子化合物のメカニズム解析、最適化合物への分子設計を行うことにより、創薬リード化合物となる新規NF-κB阻害剤の開発を進める予定である。
 最近では、2—bとも関連するが、新たな阻害剤の探索を行っているところである。