研究概要
主な研究テーマ
1. | 薬物の体内動態と薬効・毒性発現メカニズムの解明に関する研究 |
2. | 薬物の甲状腺ホルモン撹乱作用機構の解明に向けた統合的研究:ヒトへの応用に関する研究 |
3. | 海綿由来の抗菌活性物質の探索および感染症治療薬リード化合物の創製に関する研究 |
4. | 低分子型血管新生促進剤、COA-Clの医薬品を指向した基盤研究 |
5. | 癌の克服を目指した抗癌剤封入リポソームに関する研究 |
研究概要
薬物動態学講座は、創薬と医薬品の適正使用を目指して、薬の吸収、分布、代謝、排泄(体内動態)と薬効及び副作用の発現に至る現象を科学的根拠に基づいて明らかにする研究に取り組んでいる。医薬品や化学物質の体内動態の解析、動態−薬効・副作用の解析手法を構築し、体内動態への影響要因を解明し、個別化医療の推進、副作用の発現防止に貢献したいと考えている。さらに、それらの研究を通して医療と健康における薬物の体内動態の重要性を理解し、薬物療法や副作用の予防に貢献できる薬剤師を養成することを責務と考えている。
PCBの甲状腺ホルモン撹乱作用機構の解明に向けた統合的研究:ヒトへの応用に関する研究
これまで、polychlorinated biphenyl(PCB)による血中サイロキシン(T4)濃度の低下は、T4のグルクロン酸抱合の律速酵素であるUDP-グルクロン酸転移酵素(UGP-GT)の誘導が主因であると報告されてきたが、我々は、本酵素誘導は単にひとつの要因であるに過ぎないことを明らかにした。さらに、PCB投与による血中T4濃度の低下は、肝臓へのT4の移行量の増加に起因している可能性のあることを示し、この低下作用における斬新なメカニズムを提案した。本研究では、血中T4濃度低下作用機構に関するこの仮説を証明し、T4の肝臓への移行メカニズムの実体を解析し、その作用メカニズムの全貌を解明することを目的として、本研究を行なっている。さらに、本研究では、ほ乳動物及びヒトに発展させてPCBの甲状腺ホルモン撹乱作用(特に血中甲状腺ホルモン濃度低下作用)の発現メカニズムを解明し、そのメカニズムの動物種間の違いを明らかにしようと考えている。
海綿由来の抗菌活性物質の探索および感染症治療薬リード化合物の創製に関する研究
環境中には、天然物由来の生理活性を有する成分が数多く存在し、それらを利用した創薬研究がさかんに行われている。そのうち、サンゴや海藻から抗菌活性を有するハロゲン含有フェノール性化合物が多く単離され、医薬品素材開発の基盤となっている。最近の調査では、海洋生物のうち海綿動物から抽出された成分のなかには、脂溶性の高いハロゲン化合物があることが報告されている。
すでに、環境汚染物質として知られるPCBや臭素系難燃剤、polybrominated diphenyl ether (PBDE)のようなビフェニル骨格やジフェニルエーテル骨格を有する天然臭素系化合物が海産物中に分布していること、また、ジメチルビピロール骨格を有するハロゲン化合物が食物連鎖上位の海洋哺乳動物に蓄積していることが明らかにされている。それらは海綿などに共生する微生物の代謝産物と考えられ、PCBと同様の脂溶性を示す。その中で、6-methoxy-2,2',4,4'-tetrabromodiphenyl ether (6-MeO-BDE47)およびその同族体は、海藻や海綿から多数単離され、抗菌活性(抗グラム陽性菌、抗グラム陰性菌)や抗炎症作用があることが報告されている。しかし、これらの成分の抗菌スペクトルおよびそれらの産生菌は、明らかにされていない。また、1,1'-dimethyl-3,3'4,4'-tetrabromo-5,5'-dichloro- 2,2'-bipyrrole (Br4Cl2-DBP)が、日本近海の鯨類の脂肪組織にPCBより高濃度で蓄積していることが、報告されている。これらは1999年にカナダの海鳥の卵から発見され、海洋の微生物(Pseudoalteromonas属)に由来すると考えられている。しかし、その抗菌活性、毒性及びその産生メカニズムは明らかにされていない。そこで、パラオのサンゴ礁の海底には、種によって異なる未知の生理活性成分が眠っていると考えられ、その素材を入手し、そこから得られる有効な医薬品開発を試みたいと考えている。
一方、近年、多くの抗菌剤が開発されているが、耐性菌の出現頻度も高く、より強い抗菌力と幅広い抗菌スペクトルを有し、中枢神経系などに対する毒性が低い、バランスのとれた抗菌剤が望まれている。また、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌などに対する強力な抗菌剤の開発は急務である。このような背景から、本研究では、「天然物由来の生体残留性ハロゲン化合物」及び「海綿由来の抗菌活性物質」に焦点をあて、医薬品開発の素材となるリード化合物を探索し、新規抗菌薬及び新規感染症治療薬の開発に応用することを目的として研究を行なっている。
低分子型血管新生促進剤、COA-Clの医薬品を指向した基盤研究
現在用いられている血管新生促進剤は、生体由来の血管内皮細胞増殖因子(VEGF)や繊維芽細胞成長因子(FGF)といった高分子糖タンパク質である。これらは糖尿病患者における慢性閉塞性動脈硬化症等の、血流不足のために生じる様々な症状を改善、治療するために用いられている。しかし、VEGFやFGFは、化学的あるいは生物学的に不安定であり、これら生体由来の増殖因子以外に血管新生促進剤がほとんど知られていない。このため、現在も臨床応用は極めて少なく、新規血管新生促進剤の開発が望まれている。
最近、本学部薬事科学講座の丸山徳見教授らは、新規に合成した低分子型核酸類縁体COA-Cl (2-クロル炭素環オキセタノシンA)に強力な血管新生促進作用があることを明らかにした。本研究では、COA-Clの構造活性相関について解析し、医薬品としての特性を見出す。さらに、LC/MS/MSを用いて本化合物の生体内動態について検討し、医薬品としての有用性を明らかにしようと考えている。
耐性癌細胞への効果増大を目指したリポソームの開発に関する研究
薬剤耐性癌細胞の存在は、抗癌剤を用いた癌治療において抗癌剤の効果を減弱させるなど非常に困難な問題として存在している。リポソームは生体内に投与されると、癌組織内の細胞間隙や細胞内に内在化した後、内封薬物を徐々に放出することで、癌組織の退縮を引き起こすことが知られている。また、リポソームは膜表面に癌細胞表面に存在する受容体やタンパク質に対する抗体やリガンドを結合させることで、癌組織へのターゲット効果を高め、さらに高い効果を期待することできる。また正電荷を持ったカチオニックリポソームは、現在in vitroの実験において遺伝子やsiRNAを細胞内にトランスフェクションするための試薬として広く使用されている。そこで、我々はカチオニックリポソームに抗癌剤ドキソルビシン封入することで細胞膜への融合を高めることで、細胞内へのドキソルビシンの放出性を促進させ、従来のリポソームに比べ高い殺細胞効果、および抗腫瘍効果をもつことができ、それによって薬剤耐性癌細胞へも充分な抗腫瘍効果を得ることができると考え、本研究を行っている。